16 シーフリード『がんを餓死させる ケトン食の威力』
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- 2024年7月2日
- 読了時間: 9分
Thomas N. Seyfried
Cancer as a Metabolic Disease
On the Origin, Management, and Prevention of Cancer
John Wiley & Sons Inc.
2012
日本語全訳の要約版 作成 旦 祐介 2024年6月30日
第一六章 がん治療戦略
がん治療の現状
現在、外科手術、化学療法、放射線療法が標準治療として悪性腫瘍の治療に用いられている。これは、進行した転移がんの長期コントロールには効果がない。悪性腫瘍の治療戦略はがん総死者数の減少に繋がっていない。現在の治療法は病気をむしろ悪化させる。化学療法と放射線療法は患者を病気にして弱らせ、感染症と他の疾病になりやすくする。患者が亡くなるのは、病気そのもののせいなのか、有害な治療のせいなのかはっきりしない。
最近米国で認可された免疫治療薬イピリムマブを投与された患者五四〇人中三人だけがん·フリーになった一方、一四人が薬物治療で亡くなった。治る人より亡くなる患者が五倍多いことを示す。イピリムマブ治療を受けた患者は、他の薬を飲んだ患者と比べて、平均四か月長く生きられる。四回に分けて三か月の治療で患者一人あたりの治療費は一二万ドル[約一八〇〇万円]である。この薬はすぐに患者を殺さないが、毎月三万ドル払って、この惑星に四か月長く滞在する。末期がんの患者はこの特効薬がブレークスルーを約束した薬と本当に思っているだろうか。
新しい免疫治療薬では喜ぶ気になれない。特に転移がんを発生させるのが免疫システム(骨髄細胞)そのものであると確認した後には喜べない。免疫療法ががんのエネルギー代謝も標的にしなければ長期のがんマネジメントに真の前進はない。
しかし一部の免疫療法はエネルギー代謝を標的にできる。例えば免疫療法で患者に寒気と熱を引き起こすものは、がんを後退させられる。がん細胞は熱中症に適応しにくい。がんは、ワクチン誘発の熱の後に衰退し始める。寒気と熱がある患者の方が、がんが進行しないで生存できる。
免疫治療薬は収益が高いが、やがて効果がないことがわかり次の高価で有毒な薬物に取って代わられる。がんが代謝の病気であると認識されるまで、新しい治療法の前進はない。しかし、ひとたび代謝療法で大きながんが小さくなったあと、低用量の免疫治療を実施する可能性まで否定するつもりはない。とにかく現在の高額で有害で概して効果のない薬物は受け入れることはできない。
最近の治療薬ゲフィチニブ[イレッサ、分子標的薬]は、湿疹と下痢の副作用がある代わりにごくわずかな生存率の改善があるとされたが、生存率の改善はゲフィチニブの効果なのか、湿疹と下痢のせいなのかわからない。治療薬は細胞と生体組織に有毒である。がんが細胞のエネルギー的治療の必要性を理解するまで、患者は効果のない有毒治療薬に耐えなければならない。
がん分野では放射線と有毒な薬物療法を使って高価な臨床試験を続け、治療効果の改善に期待している。肺がん治療の分子標的薬バトル(BATTLE)も誇大広告でほとんど効果がない。がん専門医のアドバイスを拒否するがん患者が増えていることには驚かない。BATTLEはパーソナライズされた分子標的薬で、がんが遺伝子病であるという見方に基づく。しかし、がんの分子的異常はがん細胞一つひとつ異なる。がんは遺伝子病ではなくエネルギー代謝病なので、BATTLEも効果はないと予想できる。残念ながら私の予想の根拠が理解されるまで、まだこれから多くのがん患者が亡くなるだろう。
これほど多くのがん患者が、有毒で潜在的に致死的で長期効果のほとんど期待できない臨床試験に駆り出されているのは驚くべきことである。患者はしばしば専門医チームから、生存率は以前の治療の組み合わせよりこの新しい薬物の組み合わせの方が高まると聞く。その根拠データはよく大袈裟に伝えられている。患者はなぜ正確な情報をもらえないのか。
四〇年以上の臨床的研究の結論として、これまでの治療法は末期がん患者にとって、生存率や生活の質の向上に効果がない。過去の失敗にも関わらず免疫療法が復活するのは効果がなかったと認めているにすぎない。副作用があり生活の質を下げるような治療は行うべきではない。特にもっと効果的で毒性の低い代替的代謝療法が入手できる場合はそうである。転移性のがんはエネルギー代謝に障害のあるマクロファージから生じているので、エネルギーを制限しながらブドウ糖とグルタミンを標的にする方がはるかに効果的な長期治療法になる。
一九六〇年代から今日まで続くがん治療は、光の見えない野蛮な時代だったとしか言えない。私の評価は厳しすぎると言う人もいるだろうが、現在の治療法の有毒性や死者数の統計を無視することはできない。新治療法には重大な精神的身体的犠牲が伴う。エネルギー代謝病と認めない限りこの暗黒の時代は続くだろう。代謝病と認めれば効果的で毒性の少ない治療法が出てくる。
神経膠芽種の「標準治療」
がんマネジメントの実情は、深刻な脳腫瘍の一つである神経膠芽腫(GBM)の標準治療を見るとよくわかる。神経膠芽腫の治療の惨憺たる治療成績は、肺、膵臓、肝臓などの転移性のがんの失敗率と並ぶ。神経膠芽腫が他の転移がんと異なるのは、神経膠芽種が転移する前に患者を殺す点だけである。全ての転移がんは、骨髄起源の細胞の呼吸損傷から始まるので、治療戦略は他の転移がんと共通である。
神経膠芽種は最も多い原発性の成人の脳腫瘍で、診断からの生存期間は約一二~一四か月である。二次的神経膠芽種も、治療的介入後、悪性度の低い星細胞腫から生じるが、外科、放射線、化学療法により悪性化する。人間の脳は、できれば絶対に高照射量の放射線を照射するべきではない。生存期間は過去五〇年で少しだけ変化した。神経膠芽種の標準治療は他のがんと同じである。九九%近くの患者が手術前のコルティコステロイド(デクサメタゾン)の投与を受ける。
神経膠芽種は新形成細胞はがんの塊から出て脳を侵すので、完全な外科的切除は極めて稀である。五~一〇%の患者だけが長期生存者(三六か月)になる。
神経膠芽種の増殖に必要なエネルギー源はブドウ糖とグルタミンである。これらは悪性がんの主たる燃料である。ブドウ糖は脳機能に必要である。がん細胞はグルタミンをミトコンドリアでエネルギーに変換する。脳内でグルタミンの量は厳しくコントロールされている。
グルタミン酸は興奮性の神経伝達物質であり、神経の興奮毒素損傷を防ぐために、シナプスでの放出のあと速やかに除去する必要がある。神経細胞を支えるグリア細胞(神経膠細胞とも言う)は細胞外グルタミン酸を除去できる輸送機を持っていて、グルタミン酸をグルタミンに代謝して神経細胞に戻している。神経細胞はグルタミンをグルタミン酸に代謝し、将来の放出に備えてシナプス小胞にパックしておく。グルタミン·グルタミン酸サイクルは、正常な神経柔組織におけるグルタミンとグルタミン酸の細胞外濃度を維持する。このサイクルが混乱すると新たな神経膠芽種細胞がグルタミンを入手できるようになってしまう。グルタミンは、がん細胞のエネルギー代謝燃料になる。神経膠芽種細胞がブドウ糖とグルタミンを入手できる限り、がんは成長し、長期マネジメントは困難または不可能となる。
腫瘍性の神経膠腫の細胞はグルタミン酸を排出する。これが神経興奮毒性とがん拡大を招く。
放射線·化学療法は壊死と炎症を誘発し、グルタミン酸レベルを増大させる。星状細胞(astrocytes)は細胞外グルタミン酸を除去し、グルタミンに変換して神経細胞に渡す。
がん細胞のミトコンドリアが放射線で損傷すると、ブドウ糖とグルタミンへの依存を加速する。神経膠芽種以外でも、放射線治療は乳房、直腸、子宮内膜のがんの転移を高める。放射線は短期間治療だが、長期間の再発リスクが生じる。
放射線はがんを生むことがわかっている。歯科医は患者に鉛のエプロンをさせる。多くの人が原子力発電所を恐るのは放射性物質を放出するリスクがあるからである。なぜ人々に不健康な放射線をがん患者には照射していいのか。何千もの患者が定期的に高線量の放射線を浴びる。悪性度の低い非転移性のがんの五年生存率は高めるかもしれないが、再発リスクは高める。
放射線関連の脳の肥大とがん浮腫を減らすために、高用量のグルココルチコイド(デクサメタゾン)が処方される。しかしデクサメタゾンは血糖値を著しく高める。ブドウ糖依存のがん細胞を増やし、グルタミン酸合成を進める。血糖値をあげ解糖系の燃料を供給するステロイドもがん細胞の薬物耐性を高める。がん専門医はステロイドの処方にあたり、よく検討してほしい。
血糖値の高い患者の方が、脳腫瘍は早く拡大し、予後は悪くなる。ワーブルクのがん理論を知らないからである。だから神経膠芽種やその他の侵襲的で転移性のがんのマネジメントにほとんど進歩がないのは驚くに当たらない。
デクサメタゾンは副作用を抑える薬で、浮腫を速やかに減らして治療効果があった様に見えるが、がん細胞が死なない様にするので、制御できない増殖と高度な転移のリスクを高める。
高血糖値は、無制限に供給されるグルタミンと相まって、腫瘍内でがん細胞が暴れるのに必要なエネルギーを提供する。標準治療を受けた神経膠芽種患者の九〇パーセントが三六か月以上は滅多に生き延びないのは驚くことではない。むしろ一〇%が生き延びる方が驚嘆すべきことであって、人体の生理学的強靭さを示す。
標準治療ではほとんどの患者が亡くなる。放射線治療はグルタミンを供給する一方、デクサメタゾンはブドウ糖を大量に提供する。さらに悪い事に、ベバシズマブ(アバスチン)を投与されたあと再発すると、致死率は一〇〇%である。この治療はがんの欠陥を標的にするが、放射線誘発の壊死を悪化させ、侵襲性を高める。マクロファージの性質を持つ細胞を増殖させる抑制剤セディラニブを投与された患者も、同じ経緯を辿る。
がんはビッグ·ビジネスである。ベバシズマブを推奨したり、がん治療に使用したりする人たちは、知識がないか、倫理的に問題があるか、その両方かである。脳腫瘍の患者ががんの起源について知ったら、彼らはベバシズマブをペスト菌であるかのように避けるだろう。
神経膠芽種(GBM)の現在の標準治療は、結局は神経膠芽種のエネルギー代謝と増殖を加速する。がん細胞のエネルギー代謝を高める治療法は、患者の長期的サバイバルを損なう。神経膠芽種の長期予後が、今後すぐ改善するとは思えない。なぜなら、標準治療を行っている医療従事者がこの病気を悪化させる代謝メカニズムを知らないからである。高度神経膠腫(glioma)分野があとどれくらいの間、病気を管理できずむしろ悪化させる治療法を採用し続けるつもりなのか、私にははっきりわからない。
神経膠芽種その他の末期転移がんに対するどの代替治療計画が悪性腫瘍の増殖を遅らせることができるか。がんの増殖を減らし患者の長期的生存を伸ばす上で、がん細胞のエネルギー代謝を標的にする治療法が効果的である。次章ではがんマネジメントにとって無毒な代謝療法が有効である証拠を説明したい。
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