15 シーフリード『がんを餓死させる ケトン食の威力』
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- 2024年7月2日
- 読了時間: 8分
Thomas N. Seyfried
Cancer as a Metabolic Disease
On the Origin, Management, and Prevention of Cancer
John Wiley & Sons Inc.
2012
日本語全訳の要約版 作成 旦 祐介 2024年6月30日
第一五章 がん生物学で進化論以外は通用しないという偏見
多くの研究者がダーウィンの理論をがん進行に当てはめようとしてきた。もしがんが遺伝子病なら、がんの進行はダーウィンの進化論のルールに当てはまるかもしれない。他方、遺伝子病でなくエネルギー代謝の不調の病だったら、当てはめようとしても大きな矛盾が出てくるだろう。ダーウィンの説明は、種の起源の説明としては総じて否定されたが、獲得形質の理論はがんの起源と進行にとって重要である。まずダーウィン理論との矛盾を明らかにしてから、ラマルクとがんについて説明したい。
ダーウィン理論に沿ったがんの捉え方によれば[これはシーフリード氏の考えとは異なる]、拡大するがん細胞に変異が蓄積する。変異によっては細胞が活発に成長する。つまり、ユニークなゲノム損傷と再編成(推進役)のせいで一部のがん細胞が早く成長する。その後、変異細胞の子孫は増殖し、遺伝子の多様性と適応性を拡大する。一部の研究者は、変異したがん細胞の方が自然に静止した分化細胞より早く成長すると考えている。がんをダーウィン理論から説明しようとする考え方は、がんが遺伝子病であるという前提に立っている。
がん細胞の成長、変異、そして進化を再訪する
がんの進行がダーウィンの進化論に沿っているとする見解を見てみよう。この見方によれば、がんの遺伝子が、さらに変異を強める遺伝子変異を誘発する。がん細胞は、変異により、正常細胞より適合力のある細胞になる。自然淘汰に任せれば、危険な変異を選び、細胞は生存しやすくなる。しかし、この見方は確立した進化論と反対の見方である。というのもダーウィンは、「少しでも有害な変化は厳しく破棄されると考えて良い。好ましい変化の保存と有害な変化の破棄のことを私は自然淘汰と呼ぶ」と書いているからである。
有害な遺伝子変異を抱える細胞の方がより健康で生存に適しているとは考えられない。がんに関して、遺伝子的に損傷した細胞が多いからと言ってそれらの細胞がより健康であるとは限らない。自然の変異は概して有害である。多数の欠落や染色体の破損が細胞の力と生存に有利とは言えない。
私の見解では、がん細胞が増殖し生存するのはゲノム不安定のせいではなく、呼吸不全のせいである。呼吸不全が発酵を強め、ゲノムを不安定にさせ、無制限な増殖状態に移行する。がん細胞は変異を抱えたまま生存し成長する。がん細胞は発酵で生き延びられる。
変異は、発酵を伴う呼吸不全の結果生じる。変異はミトコンドリア損傷によって発生する。
もし遺伝子変異ががんを生むなら、どうして正常な胚が、ゲノム不安定を持つがん細胞核から生まれるのか。がん細胞の細胞核を除去し正常な細胞核を移植すると、細胞の生育が中止する。がん細胞の細胞核があっても正常な細胞質が育つとする実験結果は、体細胞変異ががんの起源であるという体細胞突然変異説を否定する強固な証拠である。複数の有害な変異のある生命体の生存が有利であると説明できるものは、ダーウィンの理論にはない。それに、もしこの変異が有利であるとする提言が正しいなら、深刻なゲノム不安定を抱えるがん細胞はどうやって生存し増殖するのか。
低酸素環境でがん細胞が生き延びられるのは、変異の数や種類のせいではなく、呼吸を発酵に切り替えたせいである。ブドウ糖とグルタミンの発酵に適応した細胞は、呼吸[酸素]を必要とする細胞より、低酸素状態で生存しやすい。発酵に適応することは呼吸損傷の結果である。その場合発酵エネルギーががん細胞の主要なエネルギーである。発酵は無制限の増殖にリンクしている。体細胞の突然変異が発酵を促進するわけではなく、むしろ発酵の結果、体細胞の遺伝子変異が発生する。体細胞のがんに見つかる変異は乗客に例えられる。そこにはドライバーはいない。
さらに、体細胞変異はがんの成長を遅くする。変異が成長有利性を与えるなら、こうした事例ではどうして遅くなるのか。このパラドックスは、がんが遺伝子病ではなくミトコンドリア代謝病であると理解すれば解消する。
結腸がんで平均一万一〇〇〇のゲノム変化が起きるとしている。なぜ遺伝子ベースの標的治療法が病気を止められず、がん管理に強いインパクトを持ちえないかわかる。いつこれがわかってもらえるだろうか。
がん細胞には、呼吸損傷の原因としてではなく結果として多数の変異が集積する。がん変異に焦点を合わせても、がん管理には効果がない。
ゲノム安定とDNA修復には呼吸が必要で、逆に呼吸が損傷すれば、ゲノム不安定と発酵エネルギー依存になる。発酵へのシフトが独立した細胞分裂能力の根底にあり、血管新生の増大をもたらす。転移は細胞の呼吸損傷から始まる。
まとめると、呼吸は細胞の機能が分化した状態を維持する。不可逆的な呼吸損傷は発酵を進め、低酸素環境で生き延びられるようにする。変異とゲノム不安定は原因ではなく結果である。これらの現象をダーウィンの進化論に押し込める必要はない。
リック·ポッツの進化論から見たがん細胞のフィットネス
スミソニアン博物館の古人類学者リック·ポッツは、人類の進化的成功は幅広い適応力を可能とした生殖系列の遺伝のせいであると提案している。これはダーウィンの進化論の延長線上にある仮説で、生命体内の個々の細胞にも当てはめられる。栄養的ストレスを生き延びられるのは栄養利用に柔軟性のある細胞だけである。
がん細胞が成長優位性を持つという考え方は、この適応性仮説とも矛盾する。がん細胞は発酵できる燃料が入手できる限りにおいて、正常細胞より成長優位性があるように見える。有利な変異とは、環境ストレス下で生存性を高めるものである。
がんのあるネズミや人間の食事を制限すると、多くのがん細胞は死ぬが、正常細胞は生き延びる。しかも、正常細胞の健康は食事制限期間に改善するが、がん細胞はアポトーシスで死ぬ。対応力は正常細胞の方が明らかに高い。有毒な放射線と化学療法のあと、がん細胞の細胞死が多いこともこれで説明できる。
がん細胞は発酵するので、発酵燃料(ブドウ糖とグルタミン)が入手できるかが重要である。正常細胞はストレスがかかった時、エネルギー代謝をブドウ糖からケトン体と脂肪にシフトする。これはゲノムが安定しているからできる。
ケトン体と脂肪は、哺乳類細胞では通常、発酵できない燃料である。がん細胞はブドウ糖が減少した時、ケトン体と脂肪を使えない。がん細胞はゲノムが不安定なので、エネルギー環境が変化すると適応できない。そのような細胞の生存は細胞の社会にとって非生産的であり、社会の善のために排除される。理想的な意味で共産主義と言えるだろう。脳腫瘍のネズミに関する私たちの実験では、がん細胞は適応力が低い。
がん細胞は、基質レベルリン酸化の発酵に必要な燃料がある環境でしか、生存も増殖もできない。燃料が制限されると、生存は難しい。複数の遺伝子欠損があれば環境ストレス下で細胞死の可能性が高まる。ゲノムの欠陥は、がんの破壊かマネジメントに使われる。従ってがんの進行がダーウィン的プロセスであるとする見方は事実と矛盾する。
がんの発達とラマルク的遺伝
がんの起源がダーウィンの進化論と矛盾するなら、どのような進化論的概念が事実を合致するだろうか。
がんがミトコンドリアのエネルギー不全病なら、ラマルクの見方の方がうまく当てはまる。器官の用不用と獲得形質の遺伝に関わるラマルクの進化論の方が、がんの起源と進行をよく説明できる。ラマルクは、環境が生物学的構造を変化させる、適応と使用を通じて、変化が構造を変える、そして改変は次世代に受け継がれる、と説明している。
ラマルクによれば、動物のどの臓器でも、長く頻繁に使用すれば、使われた時間に応じて強化される。反対にずっと使わないでいると機能が低下し消滅する。彼は、組織の複雑さや進歩を増大させるという内的な傾向を信じていた。用不用の度合いは、獲得された適応力の遺伝とともに生物学的進化を形成してきた。
ラマルクの進化的コンセプトはどうやってがんの進行とリンクできるか。ミトコンドリアの異常は、細胞ミトコンドリアネットワークで娘細胞に伝達される。細胞分裂の度に発酵適応性が高まり、ミトコンドリアの呼吸機能は減退する。
がんの進行は獲得的遺伝に当たる。悪性のがん細胞は、呼吸から発酵への移行を維持する。これはラマルク的遺伝と言える。ラマルク自身は、獲得形質の遺伝は生物学的複雑さと完璧度を高めると考えた。ラマルクの見方は、がんの進行に関して、生物学的カオスの亢進とバラバラな変異の蓄積を説明できる。だからラマルク理論の方がダーウィン理論よりがんの進行を上手に説明できる。
まとめ テレオロジー(目的論)はがんを説明できるか
がんをテーマとする科学的出版物で、時折、目的論的な説明が見られる。しかし、進化は目的なしに、遺伝子の偶然と環境的な必要性に応じて作動する。
機械論では、意図と目的が前提条件とはならない。目的論では、がん細胞が動機を持ち、何かをしようとして論題を持っているかのように描写するが、目的論的説明ががんの起源や増殖を説明できるわけではない。
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