13 シーフリード『がんを餓死させる ケトン食の威力』
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- 2024年7月2日
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Thomas N. Seyfried
Cancer as a Metabolic Disease
On the Origin, Management, and Prevention of Cancer
John Wiley & Sons Inc.
2012
日本語全訳の要約版 作成 旦 祐介 2024年6月30日
第一三章 転移
転移はがんの際立って重要な現象である。ネズミの脳腫瘍では、人間の脳腫瘍に見られるような侵襲性が見られない。この章ではがんの重大な特徴である転移について検討したい。
転移とは
転移は、最初にできたがんが離れた器官へ広がることで、がんの罹患率と死亡率を高める主因である。転移はがん死の約九〇パーセントを占め、この五〇年以上の間変わっていない。転移はほとんど研究されていない。毎日米国で一五〇〇人ががんで死んでいるのは、転移したら管理できないことを示している。
転移は段階を踏んで進行する。転移するためにがん細胞は一次腫瘍から離れ、血液とリンパ腺に侵入し、免疫の攻撃を逃れ、離れた毛細血管から漏れ出し、別の器官に侵入し増殖する。転移したがん細胞は新たな血管を作り簡単に増殖できる環境を整え、新たな悪性のがんになる。
どうして転移するか解明できないのは、動物実験で転移を再現できないからである。人間のがん細胞は、静脈注射をしなくても転移するが、転移の研究では、がん細胞を静脈注射で血管へ注入している。これでは、自然に転移するがん細胞にとって何が重要なのか判定できない。実験に使うがん細胞が自然に転移しないなら、どうしてそれを転移の研究に使うのか。これでは、転移の管理に進歩がないのは当然である。
転移の進み方は十分研究されているが、転移しない最初のがんからどのようにして転移性の細胞が生じるのか、ほとんどわかっていない。転移の細胞的起源に関する現在の諸見解を見てみたい。
転移の細胞的起源
1 上皮細胞・間葉細胞移行説(EMT)
転移を説明する一つ目の仮説は、上皮系細胞の間葉系細胞への移行説(EMT)である。この説で、転移する細胞は、上皮細胞を間葉系の特徴を持つがん細胞に変貌させると説明する。しかし、EMT仮説の複雑さは人工的なものに見える。転移を遺伝子レベルから説明するために作られた仮説である。その証拠に、転移性がんの遺伝子は、免疫系のマクロファージなど融合性のある細胞に酷似しているし、良性腫瘍にも見られる。
2 転移の幹細胞起源
がん細胞が幹細胞から発生するとする仮説もある。人体には半分化状態の細胞があり、死んだり損傷したりした細胞と交代できる。半分化細胞は幹細胞と呼ばれ、転移がん細胞の起源と見る仮説である。幹細胞とがん細胞は、遺伝子と生物学的性質が酷似し、発酵でエネルギーを得るところまで似ている。しかし、幹細胞の性質を持つがん細胞は転移しないので、転移は幹細胞だけでは説明できない。私の仮説では転移性のがんは、マクロファージやリンパ球など造血系幹細胞の呼吸不全から生まれる。
3 転移性のがんと骨髄性細胞
骨髄細胞と転移性がん細胞は似ている。脳のマクロファージ細胞は、脳腫瘍の転移性がんの性質を示す。骨髄細胞はすでに間葉系細胞である。マクロファージは骨髄性細胞から生じ、人間の転移性がんの起源と考えられてきた。
しかしマクロファージ起源の転移性がん細胞は、ネズミなどでは見つからない。ネズミの体は、移植されたがん細胞に対して、まるでそれが急性の感染または怪我であるかのように振る舞う。人間のがんの形成には時間がかかるし、人間の骨髄細胞はがんによる攻撃に対してゆっくりとした反応を示す。転移性のがんは、人間に多いが実験ネズミに見当たらないのである。
マクロファージと転移
マクロファージが転移の起源なのか。マクロファージは、移動し変形し、成長とサイトカインを分泌する能力において、体細胞の中で最も豊かな能力を持っている。人間の転移がんには、マクロファージの特徴を示すものがある。例えば食作用、細胞間融合、あるいは抗原表現などである。
マクロファージは、組織の損傷や疾病に対応する時、転移性のがん細胞の全ての特徴を示す。また一部のマクロファージは、死んだ細胞や破片も食べる。時として、マクロファージは融合し、食菌能力の高まった多核種の巨大細胞になる。傷の修復活動のあと、マクロファージは血管に戻り、リンパ腺に移動して免疫反応に携わる。
一部の食菌マクロファージは、リンパ腺に移動して樹状細胞に分化する。つまり、マクロファージは転移性がん細胞と同じ特徴を示す。これらは全てマクロファージと骨髄細胞にプログラムされた活動である。
1 食菌作用: マクロファージと転移性細胞に共通する行動
食菌作用は、細胞外の物質を飲み込み消化する作用であり、マクロファージや食菌細胞だけができる活動である。これは、計画死した細胞や侵入した病原体を除去することにより生命体を維持するのに欠かせない。
悪性腫瘍の細胞は実験室でも生体内でも食菌作用を見せる。がん細胞の食菌作用は、一世紀以上前に記録されている。悪性黒色腫の細胞はT型細胞を食べる。T型細胞はがん細胞を標的にして殺すと考えられているので、このことは驚くべきことである。
マクロファージ由来の転移性細胞がT型細胞もNK細胞も食べることができるとすると、これらの細胞を動員する免疫療法は期待できない。
メラニン細胞は皮膚に常在するマクロファージ細胞である。がん細胞の食菌·共食い行動は、オートファジーと混同してはならない。オートファジーは、飢餓状態に伴う細胞の自己食作用である。常在皮膚マクロファージと悪性黒色腫は、似た食菌作用がある。
(貪食がん)
がん細胞には貪食(どんしょく)作用がある。脳腫瘍細胞の一部は菌を食べる。食菌作用は、極めて侵襲的で転移的ながん細胞だけに見られるので、致死的ながん細胞はマクロファージの特徴を持つと言える。また、腫瘍内の食菌がん細胞数は、がんの悪性度と進行度に比例する。従って、食菌行動は、転移性のがんに共通するマクロファージ作用である。
2 ネズミマクロファージの転移行動
実験ネズミのマクロファージ細胞(正常な細胞)は、がん細胞と似た食菌活動をする。それだけでなく両者は、形も遺伝子表現も脂質組成も似ている。正常なマクロファージ細胞を免疫不全の実験ネズミの脇腹に皮下移植すると、マクロファージ細胞はがんを発生させただけでなく、ネズミの身体中に転移したことは重視している。
マクロファージ細胞では、単一のメカニズムが転移をコントロールする。このメカニズムが細胞の融合に続いて、ミトコンドリアの損傷と呼吸不全の引き金となる。
3 融合性: マクロファージと転移細胞に共通する特徴
融合性とは、原形質膜の統合を通じて他の細胞と結合する能力である。融合は骨髄の分化した細胞にも見られる。マクロファージ細胞同士が融合し、サイズが大きくなり、大きな細胞外物質を飲み込みやすくなる。
マクロファージは、組織修復過程で損傷した体細胞とも融合する。がん細胞との異形融合も行う。炎症以外に放射線も融合を増加させる。放射線治療で生存率が低いのは、マクロファージ細胞と上皮細胞との融合が増えるからである。
細胞融合ががんの転移を説明できるとする仮説がある。がん細胞と骨髄細胞との融合細胞は、転移も無限増殖もできる。骨髄細胞は免疫システムの一部なので、がん細胞とのハイブリッド細胞が免疫反応を回避できることは誰でも簡単にわかるだろう。
(融合的がん)
がん細胞は融合性がある。マクロファージの特徴が転移性の黒色腫細胞でも見られることから、がんの転移はがん細胞とマクロファージの融合の結果であると説明できる。
放射線療法と免疫抑制療法は転移性がんを発生させやすくする。自発的な融合が人間の骨髄細胞とがん細胞との間で起きる。骨髄ハイブリッドががんの転移をもたらしている。細胞融合はよく発生する。転移的細胞は骨髄細胞の数多くの性質を示すので、この原理に基づき転移がんを管理する新たな治療法が見つかるだろう。
4 がん細胞に見られる骨髄バイオマーカー
骨髄細胞は、ユニークな多種類のバイオマーカーを持つ。実験結果から、転移がんは、放射線照射と炎症で増加するマクロファージ融合細胞から発生すると見られる。だから放射線治療した患者の生存率が高まらない。放射線は、ミトコンドリアを損傷し融合ハイブリッド化を強めることで病気を悪化させる。
5 マクロファージの酵素
マクロファージは、細胞小器官の一つのリソソームで濃縮された酵素カテプシンを多く含み、食作用または飲作用で飲み込んだタンパク質の消化を助ける。がん細胞にこの酵素が多いと、悪性になり転移しやすく総合的に予後が悪い。
6 転移がんにおける貧血
転移がんの患者は鉄不足による貧血になる。マクロファージは鉄分の再循環をコントロールする細胞である。転移がんは骨髄細胞、特にマクロファージの病気であると言える。従って貧血が、マクロファージ融合細胞から生じた転移がん患者に多く見られることになる。
原発個所不明の癌腫
どこで始まったか特定できない転移がんの予後は良くない。このがんは、原発がんが大きな病変に発達する前に転移したと考えられている。強い侵襲性があるので、これはマクロファージ融合ハイブリッドから生じているかもしれない。
転移性がんはマクロファージの特徴をいくつも示す
転移がんは骨髄細胞の性質がある。がんのマクロファージ細胞融合説は、複雑な遺伝子規制システムを考慮せずに転移を説明できる。骨髄融合仮説ががん転移の主流の考え方になるのは時間の問題である。
転移とミトコンドリアの機能不全
がんは呼吸不全に基づくミトコンドリアの病気である。骨髄起源の細胞で呼吸の損傷が起きると、転移が発生する。
発酵によるエネルギー獲得が、がん細胞に共通の最重要の特徴である。これはミトコンドリアの呼吸不全から生じる。その結果、転移する細胞ができる。転移細胞は不十分な呼吸で苦しむ。転移がんは、骨髄細胞との融合ハイブリッドから発生する。転移は、ミトコンドリアが損傷したマクロファージ融合細胞から発生することは明らかである。
1 ミトコンドリアのがん抑制効果はどうか
正常なミトコンドリアは、がん発生を抑制する。このことは、マクロファージの他細胞との融合に続く転移がん細胞の起源とどうつながるか。正常なミトコンドリアは、始めは融合細胞でがんの形成を抑止するが、やがて炎症がミトコンドリアを損傷し、転移が始まる。ミトコンドリアを損傷するには相当な時間がかかる。しかしミトコンドリアの進行性の損傷は、非酸欠·非炎症的な環境では起こらない。さらに、放射線被曝は呼吸も損傷させるから、放射線治療を受けた患者のがんは再発し、生存率が低くなる。
呼吸がゲノムの安定と機能分化をコントロールしているので、呼吸不全になると無制限な増殖が始まる。マクロファージのような骨髄起源の細胞でこれが起きると、転移が進む。マクロファージは血液にも生体組織にも出入りできる。骨髄起源の細胞は、怪我の修復と病原性バクテリアの殺菌において生体の最良の友だが、同じ細胞ががん化すると最悪の敵になりうる。
転移の「種と土」仮説を再訪する
転移性のがん細胞は、肺と肝臓と骨に転移する。イギリスの外科医が、乳がん転移の「種と土」仮説を初めて提唱した。特定のがん細胞(種)は特定の臓器(土)に侵入する傾向がある。
種と土仮説は、がんが遺伝子病なら、全く説明できない。他方、がんがマクロファージを伴うミトコンドリアの病気と捉えれば説明がつく。
骨髄由来のがん細胞の呼吸不全が種と土の現象を説明できる。マクロファージは、血液循環で存在しさまざまな組織に入り込み、傷を治し骨髄細胞の交換ができるように遺伝子的にプログラムされている。マクロファージの交換は、消耗の激しい場所では頻繁になる。肺や肝臓が転移がん細胞の好む「土」である。骨髄も転移細胞の標的になる。というのは、ここで造血幹細胞が作られるからである。
転移細胞の呼吸が不十分になると増殖し始める。これらの臓器でマクロファージ交換が頻繁になる。内蔵、骨髄及び傷(土)へ転移するのは、転移がマクロファージ(種)起源であることで説明できる。
がん転移における遺伝的異質性
原発性のがんと転移先のがんとでは、がん組織に大きな遺伝子的違いがある。統一性のない変異は、がん細胞一つひとつが、同じ腫瘍内の他の細胞と全く異なる変異をしていることと符合する。さらに、早期に転移した細胞の方が遺伝子的違いが大きい。これは早期に転移した細胞の分裂回数が大きいせいである。
転移を推進するのは遺伝子ではなく、マクロファージか融合細胞の呼吸不全である。遺伝子変異は付随現象として生じる。多くの研究者が、二次的なゲノム不安定だけに注目しているのは残念である。
伝染性の転移がん
伝染性のがんとは、接触で感染するがんである。最も有名なのは犬の性病がんと豪州タズマニアン·デビル特有のがん(DFTD)である。これらのがんは、最初の接触部位から離れた臓器に伝染する。伝染性のがんの転移は、伝染しない人間の転移がんと基本的には同じなので、マクロファージ·細胞融合からの生じているのではないか。
伝染するがんもミトコンドリアの機能不全と呼吸不全から発生する。
植物のクラウンゴールがんにおける転移のなさ
植物の根頭がん腫病は動物のがんと似ている。このがんは、植物の損傷部分にバクテリアが入り込み増殖が起きる。後になってミトコンドリアの欠陥が確認された。しかし、このがんは侵襲や転移はしない。植物の根頭がん腫がマクロファージや骨髄細胞を持たないからである。
章のサマリー
体内器官の細胞が免疫反応を調節する間葉系細胞に転換するのは、がんが転移する時の特徴である。しかしダーウィン的な変異だけでは骨髄細胞の活動は説明できない。外的な刺激はミトコンドリアの呼吸機能を破壊し、転移につながる。つまりがんの転移と増殖は骨髄細胞から始まる。この見解が広がれば、がん治療が大きく前進するだろう。
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