10 シーフリード『がんを餓死させる ケトン食の威力』
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- 2024年7月2日
- 読了時間: 8分
Thomas N. Seyfried
Cancer as a Metabolic Disease
On the Origin, Management, and Prevention of Cancer
John Wiley & Sons Inc.
2012
日本語全訳の要約版 作成 旦 祐介 2024年6月30日
第一〇章 呼吸不全、逆行性反応、そしてがんの起源
がんの発生と増殖は細胞レベルの呼吸不全のせいであるとするワーブルク理論は、がん生物学の代表的な教科書に載っていない。がんの説明をする時ミトコンドリアの役割に触れないのは、太陽系の起源に関して太陽の役割を議論しないようなものである。がん分野の人たちは、がんになるのが遺伝子の変異のせいと考えている。しかし、現在主流のこの学説は矛盾だらけである。がんを引き起こす原因を究明するには、遺伝子、ウイルス、異数性など原因と見られている多数のものを呼吸不全で置き換える必要がある。これは、惑星の軌道を説明するために太陽系の中心は地球ではなく太陽であると発想を転換することに等しい。
逆行性反応: 細胞核ゲノムを安定させる
ワーブルクの観察は論争を呼んだが、決して否定されたわけではなかった。がんが、遺伝子ではなく細胞の呼吸不全に原因があると判明していたが、多くの研究者は、ミトコンドリアの損傷と細胞の呼吸不全がどのようにがん細胞の遺伝子的欠陥と関連しているか、現在でも理解していない。細胞の呼吸不全が、がん細胞のゲノム不安定の根底にあるとはどういうことなのか。
逆行性反応が、細胞の呼吸傷害とがん細胞のゲノム不安定を繋げて説明してくれる。逆行性反応とは、ミトコンドリアと細胞核との信号のやり取りのうち、ミトコンドリアの呼吸の変化に対する細胞核からの反応を指す。ミトコンドリアの呼吸によるエネルギー代謝が中断されると、細胞核からの逆行性反応が出始める。細胞核ゲノムの不安定はミトコンドリア機能が完全かどうかで決まる。ミトコンドリアの呼吸不全が修正されないと、逆行性反応が持続し、ワーブルク効果とゲノム不安定を産み、がん化への道を辿ることになる。
ミトコンドリアは細胞内の遺伝子以外で重要な調整役を果たす。細胞核と細胞質との間の交流を通じて機能分化(例えば肝臓の細胞が肝臓の機能に特化していること)を維持する。
逆行性反応に関して、ミトコンドリアのエネルギー代謝が損傷すると、エネルギー代謝をコントロールしている細胞核遺伝子の動きは顕著に変化する。ミトコンドリア呼吸がどんな形で中断しても、逆行性反応が始まる。これはがんの起源とどう関連するのか。
細胞核からの逆行性反応は、呼吸によるATP生産が中断しても細胞の生存を維持できるようにするための適応である。これは、オクス·フォス呼吸から、解糖系とアミノ酸の発酵を含む基質レベルリン酸化へのエネルギー代謝方法(発酵)への移行につながる。がん促進遺伝子が高まることは、呼吸によるエネルギー代謝が不十分になった時、非酸化的エネルギー代謝(発酵)を維持するために必要である。逆行性反応信号は、細胞死を防ぐための対策である。
逆行性反応の活性化は、ゲノム安定性と機能に重大な影響がある。ワーブルクも、呼吸と細胞構造の維持とのつながり、及び発酵と細胞構造の喪失とのつながりに気づいていた。逆行性反応が続くとゲノムが不安定になる。
ミトコンドリアへの逆行性反応は、健康な細胞では「オフ」になっている。逆行性反応はオクス·フォス呼吸の損傷に伴い、安定化させる遺伝子を弱める。逆行性反応が長引くと、DNA修復メカニズムが損傷し、ランダムなDNA変異と染色体欠陥が生じる。
オクス·フォス呼吸によるエネルギー代謝が不十分になると、逆行性反応が「オン」になる。この状態では、がんの炎症と転移と増殖が進む。逆行性反応が続くと、突然変異とゲノム不安定が起きる。
逆行性反応は、エネルギー代謝を解糖系だけで行うか、解糖系とグルタミン代謝を組み合わせて行うか調節する。そして、がん化することで発酵によりエネルギーを得られるようにする。逆行性反応は、発がん性の開始と進行に関連している。
総括すると、細胞核ゲノムの完全性は正常な呼吸に依存する。ミトコンドリアと細胞核との交流は、がんに関するミトコンドリアの役割にとても深く関わっている。細胞核からの逆行性反応は、急性のエネルギー不足から細胞を保護するために進化したが、不足が長引くとゲノムが不安定になりがん化する。従って、活発な逆行性反応を伴う呼吸不全が、細胞障害とがん化への入口である。
炎症は細胞の呼吸を損傷する
慢性的な炎症は、長いこと発がん性と関連づけられてきたが、炎症がどのようにしてがんを引き起こすかは明らかになっていない。急性の炎症がミトコンドリアの不全と細胞死をもたらすのに対して、がんを引き起こす炎症は慢性的である。慢性的な炎症は長期のミトコンドリア損傷を起こす。
つまり、呼吸の損傷が炎症を起こし、がんになる。慢性的炎症は、呼吸機能を損傷する。呼吸が損傷した細胞はたいてい死ぬ。ワーブルク理論によれば、がんは、呼吸不全を補うために発酵を強められる細胞だけから発生する。強まった発酵は細胞の老化を防ぐ。
低酸素からがん化が始まる
細胞の呼吸不全はがんを引き起こすが、細胞の生存には、発酵機能が強化される必要がある。低酸素を誘導する因子Hif-1アルファは、解糖系に必要な複数の遺伝子をコントロールするので、Hif-1アルファの安定は、オクス·フォス不全に伴い、基質レベルリン酸化を通じた発酵エネルギー代謝を維持するために重要である。がん細胞において、呼吸不全が解糖系発酵をコントロールするタンパク質を安定させる。
ミトコンドリアと高変異形質
細胞質に点在するミトコンドリアは、細胞核との交流を通して細胞の機能分化をコントロールする。人間のほとんどのがん細胞のゲノムは不安定になっている。ミトコンドリアが損傷すると、ストレス信号を発して細胞を変異させる。ミトコンドリア変異は全てのがんで見つかるわけではないが、ミトコンドリアDNAが損傷するとオクス·フォス呼吸を妨害する。がん細胞に見られる変異率の上昇、染色体の大規模の再編成、及び染色体数の変化は、損傷したミトコンドリア呼吸とリンクしている。
エネルギー代謝レベルで評価した場合、がん細胞は呼吸不全になり発酵が進む。損傷したミトコンドリア機能が、がん抑制遺伝子とがん促進遺伝子の異常を促す。例えばミトコンドリアの損傷はがん促進遺伝子p53を不活性化し、逆にp53の異常はミトコンドリア呼吸をさらに損傷する。つまり細胞の呼吸不全ががん細胞の高変異形質の根底にある。
がん細胞の遺伝子欠陥は、ミトコンドリア機能不全と呼吸不全の二次的な結果として生じる。がんのゲノム·プロジェクトに携わっている人たちはこれを知っているだろうか。
カルシウム恒常性、異数性、そしてミトコンドリア機能不全
カルシウムはミトコンドリアがコントロールしていて、細胞分裂に欠かせない。細胞の呼吸不全によって細胞質カルシウム濃度が異常になると、染色体が異常になる。
染色体の異数性ががんの起源であるとする見解があるが、これは実験結果で否定されている。がん細胞の染色体異常はがん化した結果として生じている。
細胞分裂を妨害すると、染色体に異常が生じ、異数性をもたらす。カルシウムの流れが混乱すると染色体不均衡につながる。ミトコンドリア呼吸と内膜が損傷すると、染色体の異常と異数性が発生する。
放射線など環境からのストレスでミトコンドリアが異常になると、発酵によるエネルギー代謝が容易になり、細胞核ゲノムとミトコンドリア呼吸とに混乱をもたらす。この時がん細胞が生き延びられるのは発酵するからである。
発酵は、がん細胞において異数性を許容することにつながるメカニズムである。がん抑制酵素p53が失われると、異数性のある細胞が成長する。p53は正常なミトコンドリア機能に必要で、それが損傷すると発酵によるエネルギー獲得が強まることは分かっている。従って、発酵で補える呼吸損傷なら、ゲノム不安定があってもがん細胞は生存できる。
がん細胞の異数性も、体細胞突然変異その他のゲノム異常も、ミトコンドリアが損傷した結果として発生する。この損傷の結果、発酵が増進し、細胞カルシウムの流れが不均衡になる。がんに見られる膨大なゲノム変化は、ミトコンドリアと呼吸が不調になった結果として発生する。
ミトコンドリアの機能不全とヘテロ接合性
染色体上の正常な遺伝子は、ペアの同じ遺伝子を持ち、正常なタンパク質を製造する。正常なペアの遺伝子は病気になりにくい。しかし、がんを抑制するp53のような重要な遺伝子が働かなくなる(同じ一組の遺伝子でなくなるのでヘテロ接合性と言う)と、細胞はがん化しやすくなる。これは、現在主流の体細胞突然変異説において広く受け入れられている。
ところが、イースト菌の最近の研究では、ミトコンドリアのDNAが不具合になると、細胞核のDNA修復酵素も損傷して異なる接合性を示し、機能しなくなる。がん遺伝子に共通の不具合は、ミトコンドリア不全と呼吸不全にリンクしていた。つまりがん細胞に見つかる遺伝子的異常(ヘテロ接合性)は、ミトコンドリアの損傷の後に発生したものである。
炎症、呼吸の損傷、そしてがん
ミトコンドリアなどの細胞構造の損傷はがんを発生させる。がんを誘発する要素が細胞組織の構造を壊し、細胞を混乱させてしまう。細胞核の遺伝子の損傷より、細胞組織の環境の妨害ががんを引き起こすと見られる。
長い間細胞の呼吸が損傷すると活性酸素が発生し、ミトコンドリアを損傷する。活性酸素でミトコンドリアの形態も変形し、細胞の呼吸機能を損なう。ミトコンドリアの不十分なエネルギー代謝が、ゲノムを不安定にし、エネルギー代謝がさらに損なわれ、やがてがんを発生させる。他方、エネルギー代謝が損なわれると、がん細胞は生存のために、発酵エネルギーに依存するようになると同時に、細胞増殖と転移が起こる。つまり、オクス·フォス呼吸が困難になる結果、がんの異常とゲノムの不安定さが発生する。遺伝子的または環境的攻撃から生じる慢性的なオクス·フォス呼吸の不全が、がんの起源である。
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